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札幌地方裁判所 昭和28年(ワ)377号 判決

原告 三和産業株式会社

被告 国

主文

被告は、原告に対し金十万円およびこれに対する昭和二十八年六月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、これを四分しその一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金六十一万三千三百二十一円およびこれに対する昭和二十八年六月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一  原告は、昭和二十七年八月三日訴外和田文雄から札幌市白石川岸三丁目八番地石炭土場約百坪を借り受け、同土場に原告所有の芦別産石炭切込粉炭百十七トン(以下本件石炭という)を保管していたところ、札幌地方裁判所執行吏釣部義雄は、訴外田中操の委任を受け、同人の右和田文雄に対する債権の強制執行として、昭和二十七年九月二日本件石炭を差し押え、その競売期日を昭和二十七年九月十日と定め、債権者である田中の申出により、右石炭全部を札幌市白石三条一丁目の同人方に運搬して同人に保管させた。そこで原告は、昭和二十七年九月八日田中操を相手方として札幌地方裁判所に第三者異議の訴を提起すると同時に強制執行停止決定を申請したところ、翌九日強制執行停止決定があり、即日右強制執行は一時停止された。なお、右第三者異議の訴は同年十二月十日原告勝訴の判決がありその頃確定した。

二  ところが訴外常盤勧業株式会社が田中操に対する債権の強制執行を札幌地方裁判所執行吏森隆三に委任したところ、その執行吏代理村津泰志は、昭和二十七年九月十三日田中方において本件石炭を更に差し押えてこれを債務者である田中に保管させ、その競売期日を一たん昭和二十七年九月二十二日と指定したが、これを繰り上げて同月十五日に変更し、同日現場において右石炭を競売に付したところ、常盤勧業株式会社がこれを金十万円で競落した。

三、ところで執行吏釣部義雄および執行吏代理村津泰志の右各執行には、次のような故意または過失がある。

1  執行吏釣部は、本件石炭を田中に保管させるに当り、同人の保管能力についての調査を怠り、何ら保管するに足りる施設を有しないのにもかかわらず、これを同人に保管させた。のみならず、本件石炭が差押物である旨の公示がされていなかつた。

なお、執行吏釣部は、本件石炭の運搬に際して原告会社および和田文雄の同意を得ないばかりでなく、原告会社の者をも立ち会わせず、原告会社および和田文雄から異議があつたのにもかかわらず、これを差押調書に記載せず、本件石炭の計量に当つても単に目測で八十トンと算出したのみでなく、田中に保管させた後は見廻りもせず、また同人から何らの報告も求めなかつた。

2  執行吏代理村津は、前記強制執行停止決定が執行吏森隆三に提出されて執行吏釣部がした執行が停止されているのにもかかわらず、本件石炭を二重に差し押えたのであつた。のみならず、動産に対する強制執行は現金・有価証券を差し押えてなおかつ足りない場合に屋外の物に及ぶのが原則であるのに、執行吏代理村津は、ことさら請託をいれて本件石炭を差し押えた。

なお、村津も釣部と同様に本件石炭を単に目測で八十トンと計量し、田中らの競売期日短縮の申出を漫然許容しかつ競売の日時場所を原告、会社および和田文雄に通知せず、価格六十四万三千五百円相当の本件石炭をわずか十万円で競落した。

四  原告は、右両名の故意または過失によつて本件石炭に対する原告の所有権を侵害され、一トンにつき金五千五百円の割合による合計金六十四万三千五百円相当の損害を被つたが、その後訴外田中操に対し本件石炭に対する損害賠償として原告が提訴した結果昭和二十八年三月五日原告勝訴の判決を受け確定したので、右債務名義に基き同訴外人に対して強制執行をなし金三万百七十九円の支払を受けたので、前記金額からこれを差し引いた額金六十一万三千三百二十一円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和二十八年六月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五  なお、被告主張の事実は争う、と述べた。

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

一  原告主張の事実中、

第一項のうち、執行吏釣部が訴外田中の委任を受けて原告主張の日時・場所において石炭約八十トンを差し押え、これを田中方に運搬して同人に保管させたこと、およびその主張のように原告が第三者異議の訴を提起すると同時に強制執行停止決定があつて強制執行が停止され、その後右第三者異議の訴が原告勝訴となり確定したことは認めるが、その余の事実は知らない。

第二項の事実は認める。

第三項の事実は争う。

二  執行吏釣部は、本件差押当時、差押物件である石炭の亡失を防止するためにはその所在場所を変えるのが相当であると考え、これを田中操宅前に運搬して同人の同意を得て保管させ、同人宅玄関付近の板壁に公示書を貼布して差押物件であることを表示した。のみならず、釣部は、田中操の経歴および資産を調査し、同人が債権者である点および同人宅前が石炭の保管場所としてより適当である点をも考慮し、同人に保管させるのが相当であると思料して差押に係る石炭を保管させたのである。したがつて、釣部としては、その職務の執行に当り、一般執行吏の用いるべき注意義務を尽したものというべきであるから、同人に過失の責任はない。

かりに差押の公示がされなかつたとしても、差押の公示は、差押を明白にする一方法であつて、これが義務づけられるのは民事訴訟法第五百六十六条第二項により債務者に保管させる場合だけであつて、本件のように債権者を含めた債務者以外の者に保管させる場合には、何ら差押の公示をする必要はなく、また差押を明白にする行為を義務づけた規定は存しない。

かりに本件のような場合においても従来公示がされていたとしても、それは単に念のためにされたのにすぎない。したがつて、本件において差押の公示がけん欠していたとしても、何ら違法でなく、また執行吏の注意義務に違反したものではない。

三  執行吏代理村津が本件執行をするに当つては、公示書は存在せず、また差押に立ち会つた山本竜子その他利害関係人からも村津が差し押えた石炭が差押物件であることや強制執行停止中のものである旨の申出がなかつたのみでなく、差押の事実をうかがい知るべき何らの形跡もなかつた。したがつて、村津に過失があるということはできない。

むしろ、原告は村津がした執行の場合においても第三者異議の訴ないし執行停止等の救済手段を採るべきであり、かつ採り得た筈であるのにもかかわらず、その損害発生の回避ないし拡大を防止すべき手段を構じなかつたのであるから、原告にこそみずから損害を招致した過失があつたというべきである。

四  訴外常盤勧業株式会社の代表者である栃本代吉は、村津がした執行当時既に差押に係る石炭が債務者である田中操の所有に属するものではないことを知つていたのであるから、これを競落した右訴外会社は、民法第百九十二条にいわゆる善意の取得者ということができない。したがつて、同訴外会社は、実体法上無権利者でありながら、これを処分して故意に原告の所有権を侵害したものにほかならないから、原告主張の損害は、右訴外会社の故意または過失による違法行為に基くものであるというべきである。

五  以上述べたところにより、原告の本訴請求は失当として棄却されるべきであるが、かりに執行吏釣部および執行吏代理村津に過失があつたとしても、本件石炭は八十トン以下であり、切込・粉炭の混合物であつたから、原告主張の額は失当であつて、本件石炭の価値は十万円以下にすぎない。それも市販価値を有しないものであつたが、当時石炭の入手が比較的困難であつたところからその価値が生じたのであるが、一トンにつき二百五十円以下であつた。

〈立証省略〉

理由

一  執行吏釣部義雄が訴外田中操の委任を受け、同人の訴外和田文雄に対する債権の強制執行として、昭和二十七年九月二日札幌市白石川岸三丁目八番地の石炭土場において、本件石炭(ただし数量の点を除く)を差し押え、これを債権者である田中操方に運搬して同人に保管させたこと、および執行吏代理村津泰志が訴外常盤勧業株式会社の田中操に対する債権の執行として、昭和二十七年九月十三日右石炭を更に差し押えて、同年九月十五日これを競売に付したところ、常盤勧業株式会社が同日これを金十万円で競落したことは、当事者間に争いがない。

しかして被告の認めあるいは明らかに争わない訴外田中操に対する原告の第三者異議・損害賠償の各訴が夫々原告勝訴となり確定した事実と成立に争いない甲第十二号証の記載および証人斎藤茂見の証言によれば、右石炭が原告会社の所有に属することが認められる。他に右認定を左右すべき証拠はない。

二  そこで執行吏釣部および執行吏代理村津に故意または過失があつたかどうかについて検討することとする。

1  まず釣部についてこれをみれば、執行吏は、債務者の占有中にある有体動産を差し押えるに当つては、原則として、その物を引き続き現実に占有しなければならず、債権者の承諾があるとき、またはその運搬をするのに重大な困難があるときは債務者の保管に任せることができることは、民事訴訟法第五百六十六条に明らかに規定されているが、債務者の占有中にある有体動産を差し押えるに際し、これを債権者の保管に任せることができるかどうかについては何らの規定もない。そこで債権者の承諾もなく、また運搬をするのに重大な困難がないときは、これを債権者の保管に任せることができるかどうかが問題となる。ところで、執行吏は、職務上保管すべき物品等を貯蔵すべき場所を有すべきであるが、差押物件の性質により貯蔵所等を使用することができないときは、その差押物件を差し押えた土地に居住して信用があり、かつ弁償能力がある者に託して保存させることができ、かつ保存はかような者にのみ託すべきであると解せられるから、債権者であつても右の要件を具備したものであれば、執行吏はこれに差押物件の保管を委託することができるというべきである。

証人釣部義雄の証言によれば、釣部は本件石炭の差押に当り、債権者田中が盗炭のおそれがあるからみずから保管する旨の申出があり、また石炭土場が道路際であつて盗炭のおそれが十分あると認めて田中に保管させたことが認められるが、田中の信用および弁償能力の調査については同人が単に以前教職にあり、また助産婦であつた経歴を知つていたという程度で漫然その申出に従ひ保管させていることが認められるのみで、釣部が田中の信用性および弁償能力について十分の調査をしたことについては、これを認めるべき何らの証拠もない。

そうだとすれば、公示の有無その他の点についての判断をまつまでもなくこの点において、既に執行吏釣部に過失があつたというべきである。したがつて、この点に関する被告の主張は採用するを得ない。

2  次に村津についてこれをみれば、執行吏は、有体動産の執行に当つては、債権者の利益を害するおそれがないときは、債務者の陳述をしんしやくし、債務者において最もはなち易い金銭・有価証券および金銀物等容易に運搬することのできる物件につき差押をすべきであると解せられるところ、証人村津泰志の証言によれば、村津は本件石炭を差し押えるに当り、債務者田中操が石炭業でないことを知りながら、大量の石炭を所持する理由も調査せず、単に債権者の代理人である七戸の申出によりたやすく、これを差し押えたことが認められるのみならず、その数量も単に目測で八十トンと見積つたことが認められる。もつとも成立に争いのない甲第八号証によれば、他に台秤・高机等をも差し押えていることが認められるが、右差押は石炭を主として行われたものであるとみるのが相当であるから、村津もまたこの点において過失があつたというべきである。

三  被告は、原告としては村津がした執行の場合においても第三者異議の訴ないし執行停止等の措置を構ずべきであり、かつ構じ得た筈であるのに、かかる措置を採らなかつた点においてむしろ原告に損害を招致した過失がある旨主張するが、本件のような場合に原告としてかような措置を構ずべき義務を負うものではなく、かりに原告としてはかかる措置を構ずるのが相当であるとしても、右差押の日が昭和二十七年九月十三日であり、競売の日が同月十五日であること、また原告が釣部のした第一次の強制執行の競売の日が同月十日であり、これに対しその主張のように強制執行停止の挙に出たことは当事者間に争いない事実に照らして考えると、原告は本件のような稀有に属する第二次の強制執行の事実を知らないのが当然であつて、原告に対しかかる措置を望むことは苛酷にすぎるものというべきである。したがつてこの点に関する被告の右主張は採用することができない。

四  更に被告は訴外常盤勧業株式会社は、民法第百九十二条にいわゆる悪意の取得者であつて、原告の損害は右会社の故意または過失に基くものであると主張するが、前認定のとおり原告所有の石炭が執行吏である釣部および村津の過失によつて売却された以上、同会社の故意または過失は、その有無の判断をまつまでもなく、何らこれに関係がないものというべきであるから、右主張もまた採用するを得ない。

五  そうだとすれば、原告は、執行吏釣部および執行吏代理村津の過失に因り、その所有の石炭を他に売却されたのであるから、被告はその損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

そこで損害の額について検討することとする。

本件石炭が原告の所有に属することは前記認定のとおりであるが、その数量の点について争があるので、まずこの点につき判断する。

成立に争いのない甲第十二号証、証人斎藤茂見の証言により真正に成立したと認められる甲第十三ないし第十六号証、右証人の証言を総合すると、原告が昭和二十七年八月三日訴外和田文雄方の石炭土場に運搬した石炭は芦別産切込・粉炭合計百十七トンであつたことが認められるけれども、更に証人田中操、同鳴沢高志の証言によると、第一次の強制執行に先立ち訴外和田文雄または誰かによつてある量の石炭が搬出せられた事実が認められ、原告の提出援用に係る全証拠を精査しても、本件石炭が第一次の差押から第二次の競落当時原告主張の数量であつたことは確認することが出来ない。更に本件石炭の品質についても、検甲第一号証、検乙第一号証ノ一、二は著しい差のあること鑑定人阿部安広、同佐々木実の鑑定結果に徴し明らかであつて、証人釣部義雄の証言によれば本件石炭は相当粗悪なものであつたことが認めらる。右認定に反する原告会社代表者井上末蔵(一、二回)の供述部分は信用し難く、他に本件石炭の前記検甲第一号証と検乙第一号証の一、二の混合比率が明らかならざる以上、原告主張の一トン平均五千五百円の価格を有していたことを認むべき信用するに足る証拠がない。

そうだとすれば、原告が執行吏、釣部および執行吏代理村津の過失に因り石炭を売却されて被つた損害の額は、当事者間に争いのない競落代金十万円の限度に於て認めるのほかはない。したがつて、被告は原告に対し金十万円およびこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和二十八年六月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求は右の限度においては理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないから失当として棄却することとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条(仮執行の宣言は必要がないと認めてその申立を棄却する。)を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野沢竜雄 吉田良正 徳松巖)

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